今日は京都から遠方の町まで
ハート瞑想イベントのために出かけてきました。
朝早く起き出かけ、今は夜の雨の中を
新幹線に乗り家に戻るところです。
今回の訪問は特別な意味をもっていました。
この場所には、数年間定期的に訪れ、
ハート瞑想をシェアしてきたのですが、
都会ではない環境で十分な参加者を確保することが難しく、
しばらくの間、このイベントは途切れていました。
ハート瞑想経験者のひとりがまたイベントを開いてほしいと
主催者に申し出たことから開催が決まり、
1年以上経って、久しぶりにその町を訪れました。
今日のイベントは、初めて参加される人たちも
何人かいらっしゃり、数年前から定期的にハート瞑想を
続けてこられた方々もいらっしゃるという構成で、
理想的なバランスでした。
そのイベントをやり終えた今、ハートの存在を、
ハートのはたらきを、それが何かを知らないながらに
求めている人たちに経験してもらうことができたこと、
それにとても満足しています。
そしてしばらくぶりにお会いした、
ハート瞑想経験者のみなさんは、
どの方もそれぞれの方法で
ハートに対する気づきを深めていました。
そのことが深く私のハートに触れ、
言葉にならない感動を与えてくれました。
ハート瞑想の経験者の一人は、自分の子どもとの関係で
前より自分でバランスが取れるようになってきたこと、
また自分がしようと思うことがハッキリとしてきて、
それをあまり疑わなくなったと報告してくれました。
子供の養護施設に勤めている人は、
問題児と考えられている一人の子どもと自然に接し、
ジャッジなしに子供の話を聴いていたら、
「先生は優しいだけでなく、悩みの相談にものってくれる」
と言われてビックリしたとのことでした。
これはハート瞑想イベントの「ハートから聴く」で、
ハートから話を聞いてもらった人が感じる感想に似ています。
もう一人の人は、
最近前のように人がどう思うだろうと気にすることなく、
ハートと会話し、自分がしたいことだと感じたことは、
周りがどう言おうと、これがこれから先も自分が幸せになる道だと
確信して物事をするようになったと話されました。
こういった報告は、ハート瞑想特有の言葉ではなく、
日常の言葉でとても自然なこととして話されていて、
それが、みなさんがこういう経験を自分のものにしていることを
教えてくれていました。
オーガナイズしてくれた人も、
前には関係者の立場に立ちすぎて、
本当には自分がハート瞑想に参加し、
深く味わうことが難しい時があったのに、
今回は心から楽しんでいて、それは話す言葉、
目の輝き、顔の表情にも自然に表れていました。
彼女の話では、
前には何をするにも無意識に完璧を求めいたので、
自分に不満があって、思い通りに物事が進まないときには、
自分を責め、オーガナイザーとしても、それが苦しかったそうです。
しかし今回はどのエクササイズも自分のプロセスとして、
楽しみながら心から参加していました。
ご本人の言葉によると、それを可能にしてくれた本質は
自分に対する「許し」だったそうです。
今例に挙げた人たち以外にも
1,2年ぶりにハート瞑想イベントで会った人たちはみな、
確実に本質が育ってきていました。
みなさんの在り方が、今までとは
確かに違ったものになっていたのです。
そしてそれが、ハート瞑想がもたらしてくれたものであることも、
また感じられたのです。
しばらくして訪れたこの場所で、
前に一緒に瞑想していた人たちが
みなそれぞれに本質を成長させてきている姿に、
ハート瞑想をシェアすることがどれほど素晴らしいことか、
深く気づかせてもらいました。
ハート瞑想イベントで、
私は、「ハートを知ることで、
人生が180度変わる可能性があります」
と言うことがあります。
自分が外に求めていた本質が、
実は自分の中に存在しているという事実を、
ひとつひとつのハート瞑想の経験を通してみなさんが理解し始め、
上の言葉の真実性が少しでも感じられるように手助けをしたい
というのが、ハート瞑想イベントで望んでいることのひとつです。
ですから、今回、一緒にハート瞑想をしてきた人たちに
しばらくぶりで会ったとき、それぞれが自分の中で本質を育て、
上の言葉を自分の経験にしていることに感動したのでした。
今回のイベントで初めてハート瞑想に接した人々も
たくさんの心に触れる経験をしました。
新しい人たちも経験者の人たちも、
ともにハートのシンクロニシティの中で、
安心しながら自分の中の宝のような在り方へと触れていく
ハート瞑想イベント。
僕自身にとっても成長の場であるこのイベントは、
これからも喜びをもって続けていくことになるでしょう。
ハートの素晴らしさを教えてくれた、
リーラ、プラサード、アルヴィナに感謝します。
ハート瞑想ティーチャー
市場義人
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