優越感と劣等感─キラキライメージとシャドウサイド(続)

優越感と劣等感─キラキライメージとシャドウサイド(続)
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今回は、先日お送りした「優越感と劣等感─キラキライメージとシャドウサイド」の続編です。

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優越感と劣等感─キラキライメージとシャドウサイド(続)
前回に引き続き、第3チャクラの自分という感覚、パワーの使い方を学んでいくときに生まれる幼少期のパターン、 「キラキライメージとシャドウサイド」についてお伝えします。
書籍『サトルボディヒーリング』(第5章「第3身体 個人であること─パワー」)P121をみてみましょう。 子供たちが両親や教師や他の権威者から受けるしつけと社会的条件づけは、二つに分類することができます。 それは「べき(should)」「べからず(should not)」です。 この分割は第3身体に異なる二つのエネルギーパターンが生み出されたことを表しています。
ひとつのパターンでは、「私は清潔で、きちんとして、礼儀正しく、賢く、正直で、言いつけをよく守り、たくましく、かっこよく、かわいく、あるべきだ」などといった「べき」を吸収します。 「キラキライメージとシャドウサイド」として描かれるこのパターンは、その「べき」が子供によって受け取られ、理解され、自分の人格に統合されたことを証明しようとして、人前で見せびらかされます。
もうひとつのパターンでは、「私は反抗的でだらしなく、粗暴で、恩知らずで、愚かで、醜く、弱く、あるべきではない」などといった「べからず」を吸収します。 キラキラ・イメージの「シャドウサイド─影の側面」として描かれるこのパターンは、子供が自分の人格の受け容れられない部分を隠す場所です。
キラキラ・イメージは、できるだけ最良のイメージを世界に示そうとする子供なりの努力です──「見て!どんなに私が強くて、きれいで、知的で、礼儀正しく、機知と自信に満ちているか」 シャドウサイドは、「私がうすのろで、救いようがなく、魅力がなく、混乱しているのをみんなに見られたくない」という認識です。
第3身体におけるこの分割のプロセスは、あらゆる子供たちの愛されることへの必要に根ざしています。 多くの子供たちがごく幼いときに、親の愛は条件つきだということを知ります。 それは子供の行動に応じて与えられたり、取り上げられたりするものです。 それゆえに、子供は親が嫌う行動の側面を隠し、好かれる側面を誇張する戦略を発達させます。 そのためにキラキラ・イメージとそのシャドウ(影)が必要になるのです。
子供がキラキラ・イメージを発達させるにつれて、他人と比較することが、深く染み込んだ習慣になります。 たとえば、ちょっと想像してみてください。 あなたが幼い子供で、もともと走るのが速いとします。 あなたは運動神経がよくて、走るのが楽しく、それが当然だと思っています。
ある日、学校の運動会で徒競争に出場し、他のどの子よりもあなたが一番速いことがわかりました。 あなたは勝ちました! 突然あなたは先生や両親から肯定的な注目を浴びているのに気がつきます。
「よくやったぞ、ジェイミー、それでこそ私の子だ!  おまえはやると思っていたよ。  みんなを負かしたじゃないか」などと。
この注目はとても良い気分がします。 栄養を活性化し補強する感じがします。 あなたは個人として認められたと感じます。 エネルギー的に、こうした状況で起こっているのは、両親のエネルギーがあなたの第3身体に磁力として流れ込み、発達段階のキラキラ・イメージを活性化し補強することです。
承認と愛を得るひとつの方法は、スポーツ競技で他人に勝ることだとわかったので、あなたはこの人格のこの側面を鍛えます。 しかし、どうやってあなたはそのようなイメージを保つのでしょうか?
それは他人と比較することによってです。
陸上競技なら、他の子たちよりも速く走り続けられれば、あなたは比較を使ってキラキラ・イメージを磨き上げ、誇示できます。
そうして、あなたは自分が選んだ分野で──それが陸上競技だろうと、学問、音楽、芸術、容姿、ファッション、かっこよさ、機知、ユーモアだろうと──他の競争相手よりも良いか悪いか、優れているか劣っているか、絶えず自分を評価する習慣を発達させることになります。
しかしながら、優秀であろうという努力は、劣等という反対の極性も生み出します。 このエネルギー力学は単純です。 つまり、エネルギーを特定の方向へ──優越の方向に──強いることで、当然ながら、あなたは反対方向へとエネルギーが動くのを妨げようとするからです。
   (中略)
このようにして、あなたの本質的エネルギーは、反対に存在する二つの磁極──優劣と劣等、良いと悪い、好ましいものと好ましくないもの、成功と失敗、上手と下手──の間で分裂することになります。
極性の好ましくないもう一方の側面を無視するわけにはいきません。 なぜなら、それなしには、キラキラ・イメージは支えを奪われて、比較のゲームは崩壊してしまうからです。 第3身体の磁場の中では、二つの磁極があるかないかのどちらかで、単一極などというようなものはありません。
これが比較のエネルギー的本質であり、キラキラ・イメージそのものの本質でもあるのです。 第3身体の中の自然なエネルギーの流れは、対局の間で分裂します。 人生がひもとかれていくにつれて、人はその両極を、成功のうきうきした興奮と失敗の惨めさを体験します。
しかし、決して全体性の体験にくつろぐことはありません。 パワーと統合、真正さとくつろぎの自然な感覚は、あらゆる人が生まれながらにもっているものでありながら、苛立たしくも手の届かないままです。
これが状況の皮肉なところです。 キラキラ・イメージを生み出す目的は、他の人からの承認を得て良い気分になることですが、現実にはその反対になります。 それは第3身体のエネルギーに深い分裂を生み出し、自然で努力を要しない、健康的な状態を生むはずのエネルギーを流出させてしまいます。 第3身体を調和がとれた状態で流れ、活力と力強さとパワーでその人を満たすはずだった内部電流は、キラキラ・イメージを維持し、シャドウサイドを抑圧することに流用されます。 このようにしてエネルギーは絶えず第3身体から漏れていきます。
この漏出には慢性的緊張とストレスがともないます。 というのも、人はシャドウサイドを引き起こすかもしれない状況──「誰が見たって、この競技はぜんぜん駄目だ」──を避けようとする一方で、キラキラ・イメージを強められる状況──「バスケットコートでだったら、このあたりで誰が本物のアスリートなのかを見せつけてやる」──を積極的に追い求めるという二つのせめぎ合いの中で常に神経を尖らせているからです。
もうひとつの例がこの現象をよりはっきりさせられるでしょう。 たとえば、あなたが若い男性で肉体的な強さのイメージを見せたいと思ったとします。 というのも、そうすることで親や仲間たちから承認を得られることを知ったからです。
あなたはもともと肉体的に強いかもしれませんが、自然な強さと世間一般の強さのイメージには違いがあります。 イメージは戦略であり、この戦略が第3身体のエネルギーを分裂させます。
そもそもどうしてこの分裂が起こるのでしょうか? 特定のイメージを映し出したいというその欲望は、自分のエネルギーを自然なままに表現することは悪いことだという、幼少期の経験から生じているためです。
この自己非難という根がなければ、イメージへの必要性はまったくなかったことでしょう。 子供はそれがどんな姿や形で表れていても、自然なエネルギーをただ生きたことでしょう。
しかし、子供は第3身体のエネルギーに何らかの修正が必要なことをすばやく学びます。 この場合、強い外見をずっと保ちつづけなければならない一方で、引きこもることや、休息、消極性の自然なフィーリングは弱さとして非難され、シャドウサイドに隠されます。 このようにして二つの極が生み出されます。
      (中略)
これが、どのようにしてキラキラ・イメージがつくり出されるのかということです。 それは子供ばかりか大人までもが渇望すり、愛と承認をもたらすものとしてつくり出されたものなのです。

この本には、自分自身のキラキラ・イメージとシャドウサイドを絵に書くというエクササイズも紹介されています。
私がこのエクササイズをしたのは、初めてリーラに出会うことになった「サイコロジー・オブ・ザ・ブッダ」というコースの中でした。
このコースは17年ほど前、リーラ、プラサード、アルヴィナが住んでいるセドナで行われていたコースのショート版でした。
このコースの中で、『サトルボディヒーリング』の本の中にもあるように自分自身のキラキラ・イメージとシャドウサイドを絵に書くのです。
その時は確か一番好きな自分の顔と一番きらいな自分の顔を書くというようなガイドだったと記憶しています。
そして、そのでき上がった顔を仮面のように自分の顔としてつけ、動き回りながら他の人に出会うのです。
その時、自分に起こる感覚に気づきを向け、自分が同一化しているものに気づきを向けていくというワークです。
感情を抑圧し、マインドで理由をつけ、自分を納得させ、その時、その時に感じるリアルな感覚ではなく、何かを演じているような自分に気づいていた私の仮面の感覚をそのワークはとてもクリアに見せてくれました。
一番好きな顔は、ニコニコしていて優しいといわれている自分。 一番きらいな顔は、何かに腹を立て、怒りの感情にまかせている自分。
私は当時、まだまだ自分の中の怒りの感情を抑圧していたのです。
『サトルボディヒーリング』の本にも書かれているように、親から認めてもらうための「べき(should)」は、「優しく、人をきづかい、控えめであるべき」。 「べからず(should not)」は「怒りにまかせることは、はしたないので怒るべからず」という条件づけでした。
怒ったりせずに、いつもニコニコして優しくしている私はいい子だったのです。
いい人という自分のキラキラ・イメージを一生懸命守ろうとしていた自分は、シャドウサイドである怒りを感じる自分を抑圧し、自分の感情を切り離し、自分自身の中に分離をつくりだしていたのです。
その後、サトルボディヒーリングのコースが始まることになり、リーラの深い大きな愛にふれていた私は迷うことなく、トレーニングに参加しました。
サトルボディヒーリングのトレーニングに参加していたことで、社会の中で管理職をしながら、日々起きるさまざまなことにも気づきを向け、それを癒していくということを学ぶことができました。
自分自身のすべてのチャクラに、日を増すごとにさらに新しい理解が生まれていきます。
自分自身のパワーを表現しながら、まわりの人とも調和していく在り方にも、キラキラ・イメージ、シャドウサイドのすべてを含む自分を受容していくことの感覚も体験していきます。
ハートにつながることは、どんな自分もただ抱きしめていくことができることをサトルボディヒーリングを通して学んでいくことができます。
外側も内側も豊かに、人生はたくさんの愛に満ちていることを感じながら、ただ自分らしく生きていくことができるようになるのです。
                   ユニティインスティチュート事務局                              川島りか 記

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