コンパッションについての新しいページが “note”に登場しました。
https://note.com/compassion_8
このコンパッション実践会は2022年1月5日に始まり、これまで休むことなく39回続いてきています。
明日の4月2日は40回目のコンパッション実践会になります。
多くの方が継続して参加してくださっていることも嬉しいことです。
コンパッションは日々の日常生活の中で実践していくことに意義があります。
人生を生きていれば、辛いことも苦しいことにも出会います。
また苦しい思いをしていたり、辛い思いをしている人たちにも出会います。
とりわけ今のような大きな時代の変化の中では、突然そのような出来事に出会わないとも限りません。
そんな時に、私たちに何ができるだろう?
何をしてあげられるだろうと思うことがあります。
そんな時にコンパッションの瞑想が役に立ってくれます。
最初はそんな瞑想が役に立つだろうかと思うかもしれません。
しかしその瞑想が深まっていくにつれて、本当に助けになってくれるのがコンパッションだということにも気づくようになってきます。
それはダライラマのような人が、そして古来から仏陀のような人が、コンパッションこそが救いの道だと説いていることからもわかります。
ダライラマはそのことを次のように語っています。
人を幸せにしたければ、コンパッションを実践しなさい。
自分を幸せにしたければコンパッションを実践しなさい。
コンパッション実践会は、そんな機会です。
https://compassioneducation.jp/schedule
以下に、noteから一つの記事を引用します。
興味がある方は読んでみてください。
コンパッションとは?その科学的な意味と可能性
「コンパッション」という言葉を耳にしたとき、多くの人はその意味について具体的なイメージを持っていないかもしれません。
実際に、日本ではこの言葉自体が広く知られていないため、「コンパッションとは何ですか?」という質問から始まることが少なくありません。
しかし、この言葉が日本語として一般的に使われるようになればと願っています。
なぜなら、コンパッションを日本語に訳そうとすると、そのニュアンスを十分に伝えるのが難しいからです。辞書の定義と科学的視点
コンパッションは辞書によって「慈悲心」「思いやり」と訳されることが多いですが、場合によっては「同情」「哀れみ」「心の優しさ」などとも表現されます。
しかし、CCT(コンパッション育成トレーニング)での定義はこれらよりも明確で、科学的な根拠に基づいています。
この科学的な定義は、宗教的・倫理的な意味を超えた、普遍的な人間性に基づくものです。
宗教が異なる場合でも受け入れることができ、無宗教であっても関係なく適用されるのが特徴です。
人間性としてのコンパッション
CCTが示すコンパッションの科学的な定義は、人間が持つ自然な性質に基づいています。
誰もが愛を必要とし、苦しみに直面することがあります。
その際に他者を支えたいという思いが、コンパッションを通じて行動に繋がるのです。
コンパッションのプロセスには、以下の4つの側面があります:
認知的側面 – 他者が苦しみの状態にあることを認識する能力
感情的側面 – 相手に共感し、平等な立場でその感情を共有すること
動機的側面 – 他者の苦しみをなんとかしてあげたいという願い
行動的側面 – その願いを実現するための具体的な行動
単なる共感との違い
コンパッションが単なる共感とは異なる点は、行動に繋がる動機づけが含まれることです。
共感するだけではなく、その人を助けるために行動するところに、コンパッションの本質があります。
また、同情や哀れみとも異なり、相手を平等に捉え、優越感や区別を持たないところも重要です。
CCTが目指すもの
「コンパッション育成トレーニング」(CCT)は、コンパッションを科学的に研究し、その成果を教育プログラムとして提供しています。
このプログラムを通じて、誰もが内なるコンパッションを発見し、それを育むことができるのです。
コンパッションの力は、私たち一人ひとりが持つ人間性を引き出し、より豊かなつながりを生み出します。
その可能性を追求することで、私たちは自分自身をより深く知り、他者とより強く結びつくことができるでしょう。
★毎月、第一水曜日の午前9時30分より10時まで、コンパッションのガイド瞑想を体験していただける「コンパッション実践会」を開催しています。
参加費無料(通訳つき)です。
誰でもご参加できます。
お申し込みはこちらから。
https://compassioneducation.jp/schedule
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