【WS】「私は誰か?」という、人生で一番やさしくて深い問い

こんばんは。
冬至となり、これから一日一日、日がながくなっていきますね。

これまで、ラハシャのコンシャスリヴィング
――「意識的に生きる」という学びの中で、

・瞑想
・気づき
・プレゼンス

という三つの学習原理についてお伝えしてきました。

これらは、
私たちが「今ここ」に戻り、
日常の中で自分自身とつながって生きていくための
とても大切な土台です。

けれど、
コンシャスリヴィングの学びの原理は、
それだけではありません。

そこには、
第二の学習原理があります。

今日はそのことについて、
ほんの少しだけ、
やさしくお話ししたいと思います。

人生のどこかで、誰もが抱く問い

私たちはこの世界に生まれ、
人生を生きる中で、

ふと立ち止まって、
こんな感覚を抱いたことはないでしょうか。

「私は、何者なんだろう?」
「私は、本当は誰なんだろう?」

仕事や役割、
性格や過去の経験、
人からの評価や肩書きを超えて、

“本当の自分”って、何だろう?

この問いは、
哲学的な人やスピリチュアルな人だけのものではありません。

むしろ、
この世に生まれて生きてきた人なら、
一度も疑問に思わなかった人はいないほど、
とても根本的な問いです。

「答え」を探す問いではない

ラハシャは、この問いについて
とても大切な視点を示しています。

それは、
この問いは「答えを見つけるための質問」ではない、
ということです。

私たちは普段、
疑問があれば考え、
情報を集め、
正解を探します。

けれど
「私は誰か?」という問いは、
そうしたマインドの問いとは、まったく性質が違います。

この問いは、
頭で考えて答えを出すものではなく、
内側へと向かうための問いです。

自分を定義するための問いではなく、
むしろ、
これまでの思い込みや定義が
そっと緩んでいくための問いです。

問いは、すでにあなたの中にある

ラハシャが伝えているのは、
この問いは新しく作るものではなく、
すでに私たちの内側で
ずっと生き続けている、ということです。

ただ、
忙しさや思考の中で、
その声が聞こえにくくなっているだけです。

だから大切なのは、
答えを出そうとすることではなく、

静かに、
この問いと一緒に“在る”こと。


「私は誰か?」
と、そっと内側に向けてみること。

それだけで、
問いは自然に働き始めます。

瞑想と問いは、つながっている

ここで思い出してみてください。

これまでお伝えしてきた
瞑想・気づき・プレゼンス。

この三つが育っているからこそ、
この「問い」は、
マインドの思考ではなく、
ハートや存在の深いところに
届くようになります。

問いは、
瞑想の延長にあり、
瞑想は、
問いを生きるための土台でもあるのです。

今日は、
何かを理解しなくても大丈夫です。

特別な体験が起こらなくても大丈夫。

ただ、
あなたの内側にあるこの問いに、
少しだけ、耳を傾けてみてください。

それは、
人生を急かす問いではなく、
あなたを本来の場所へ
やさしく連れ戻す問いです。

それでは、
今日も穏やかな一日を。

OAU
えたに