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愛のある気づきを開く

人生にストレスや心配、不安を感じるような時代では特に、瞑想が一般にもっと広がることがあります。このような時期には、くつろぎや安定、センタリング、自己価値を見つけること、あるいは外側に目的の感覚を持つことは、容易とは言えないかもしれません。ほんの数分でも瞑想の時間をもつことは、緊張や恐れを解放し、穏やかさとバランスを回復する助けになります。

瞑想は、自分の内側で探究しているものを見つけるために、あなたの気づきを内側に向ける科学です。気づきがハートを通して内側に向くことで、愛と受容を伴った気づきになります。

この3つのパートでは、瞑想のエッセンスとは本当に何かを学びます。愛と明晰性で、ありのままの自分自身を知るために気づきを開いていきます。あなたの気づきが育つにつれ、自分の中心でさらに深く内側につながります。そこは瞑想の安らぎと沈黙の源であり、生きることに必要な強みや創造性の源泉でもあります。

気づきはアクションではなく、あなたが学べるものではありません。気づきは内なる状態であり、それは瞑想に伴って現れます。気づきを持つことで、信頼、愛、喜び、中心に定まるような大切な内なる質が他にも現れ、それらが人生の一部となります。

気づきがあることでに、あなたは人生のさまざまな状況の中にハートと瞑想の香りをもたらし、中心で自分であることから、安らぎと内なる強さ、安定と目的の感覚をあなたに与えます。

あなたはどこにいても自分が学んだ瞑想を実践できますー外で散歩しているところでも、電車の中、友人や家族と過ごしているとき、あるいは仕事のチャレンジの最中にいるときでさえ。

毎回パートの中では、瞑想や人生の中で愛のある気づきを開き、深めるための様々なアプローチを使っていきます。

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ものごとを貴重で、かけがいのないものにするのは”気づきの光 “だ。そのとき、小さなものごとも、もはや小さなものものごとではなくなる。油断なく目覚め、繊細な感受性と愛を持った人が、海辺に落ちているありふれた小石に触れるとき、その小石は貴重なダイヤモンドになる。

あなたの人生は、あなたに気づきがある分だけの深みがあり、意味を持つことになるだろう。

今や世界中の人々が、”人生の意味とは何か?”と問いかけている。もちろん、その意味は失われている。なぜなら、あなたは意味を見いだす方法を見失ったからだ。

Osho: ダンマパダ:仏陀の道』第一巻第七章

このパートでは、あなたは様々な気づきの経験をします。それらが自分自身や人を知覚するあり方、そして人生の状況や機会の見方にどのように影響するかを体験します。

マインドで制限された気づきを認識することを学びます。もし気づきがマインドに制限されていると、自分が見ているものの表層しか認識することができません。この制限された気づきは、ジャッジ、マインドが嫌うものを拒絶し、マインドが良いと思うものを欲しがる性質持っています。

気づきを広げて、それがハートの愛のある雰囲気と中心につながる練習をします。愛のある気づきは、あらゆる異なった側面のより広い視点だけでなく、内側のより深い知性と知恵も明らかにします。愛のある気づきと共に、あなたは自分の中にある美しい本質的なものがわかります。

中心で気づきは広大になり、ものごとのより深い質をわかることができます。ここでさらに大きな何か、生きることの意味、自分が本当に誰であるかにつながることが明らかになりえます。

「ハートの鏡を磨く」とはどういう意味なのか?思い出したときにはいつでも、ハートに移り、頭から降りてくることだ。油断なく、目を覚ましていることだ。

しかし、あなたの覚醒は、愛に満ちた目覚めである必要がある。さもなければ、あなたの目覚めはマインドの一部のものでしかなくなるだろう。もしその気づきが愛にあふれた目覚めであれば、もしその気づきがハートの目覚めであれば、あなたの存在の中心からの目覚めになるだろう。

だから、あなたが気づいているときは、愛情深くあることだ。愛と気づきが出会い、混ざり合い、あなたの気づきが愛で満たされるようにしなさい。

愛はハートを磨く方法だ。気づきはあなたがハートに到達するのを助け、愛はハートを磨くのを助ける。そして、ハートが磨けかれば磨かれるほど、リアリティをよりよく映し出す。

Osho ユニオ・ミスティカ 第1巻 第1章

このパートでは、愛のある気づきを練習します。ジャッジや拒絶なしに、愛を持って気づくことが増えるにつれ、気づきがもっと広がり、鏡のようにクリアになります。

生きることは、気づきための無数の機会を与えます。身体はいつもあなたと共にあるので、自分の身体とその感覚にいつでも気づくことができます。愛を持って身体に気づくことは、ありのままの身体に愛と受容もたらします。自分の身体と愛のある関わりを持つことは喜びです。

愛を持って感情的なフィーリングに気づくことは、不快なフィーリングにも愛と受容をもたらします。ハートを感情に開くことは、慈愛と変容をもたらします。これがあなたの気づきや、生き生きした感覚、愛を広げます。そしてオープンさと明晰さを持って自分自身を、人を、周囲の世界を見たり感じたりすることを可能にします。

愛のある気づきが実践され育つことで、それは広大な鏡のようになり、ありのままの現実をもっと安らぎと明晰性で映し出します。

後悔とは、回顧的な気づき、悔恨とは後ろを振り返ることを意味する。あなたは何かをしてしまった。もしあなたが気づいていたなら、悪いことは起こらない、しかしあなたはそれをした時に気づいていなかった。誰かが侮辱した–あなたは怒って、その人の頭を殴った。あなたは自分が何をしているのか気づいていなかった。ものごとが沈静し、その状況が去ってしまえば、あなたはもはや怒りの中にはなく、もっと簡単に振り返ることができる。その時、あなたは気づきを失っていた。最善はその時にその時に気づきがあることだった。しかしそれを逃した。今となっては、こぼれたミルクに涙したり、泣いたりしてもしかたがない。しかし、あなたは見ることができる。すでに起こってしまったことに気づきをもたらすことができる。

それは申し訳ないと思うことでもないし、そのことについて悪いと思うことでもない。それは何の役にも立たない。それは気づくようになることであり、その経験をあるべき姿で追体験することだ。再びその中に入っていかなければならない

この振り返り、いつも振り返り続けることによって、あなたはよりもっと気づくようになるだろう。3つの段階がある。第一段階:あなたは何かをしてしまった。それからあなたは気づく。第二段階:あなたは何かをしていて、それに気づくようになる。そして第3ステージ:あなたはこれから何かをしようとしている、そしてあなたは気づくようになる。第3ステージで初めて、あなたの人生は変容される。しかし、最初の二つは第三段階のために必要なもので、必要なステップだ。

Osho The Discipline of Transcendence 第1巻(2)

パート3では、あなたに気づきがなかった過去の瞬間を振り返る機会を持ちますおそらく失敗をしたり、あなたの言動で残念に思っているような瞬間です。その記憶やそれらの状況にある感情を無視することで、それらは無意識の中に深く隠れてしまい、そして同じような状況で、また同じ失敗をたぶんすることになります。

パート3では、愛のある気づきを持って、そういった瞬間を振り返ります。愛のある気づきで、あなたはその状況と起こったことだけでなく、同様に自分自身や他の人を、もっとスペースを持って、慈悲と明晰性で見ることができます。愛のある気づきで、あなたは自分のフィーリングと、おそらくその状況で本当に必要だったことを理解することができます。

愛のある気づきで、あなたは自分のありのままを抱きしめ、自分自身と人のためにハートの中で許しを見つけることがでます。この古い記憶があなたにもたらした痛みを手放すことができます。あなたが愛を持って手放すとき、同じ状況がまた起こるとき愛のある気づきを思い出し、そして自分とその状況に異なった結果が起こるにまかせられます。

肉体を離れるときに持っていくことができるものだけが重要だということを覚えておきなさい。それは、瞑想以外は、何も重要ではないということだ。気づき以外は、何も重要ではない。なぜなら、気づきだけが死によっては奪うことができないものだからだ。他のものはすべて奪い去られてしまう。なぜなら、他のものはすべて外からやってくるからだ。ただ、気づきのみが内側から湧き上がってくる。それを奪い去ることはできない。そして、気づきの影である慈悲、愛、これらを奪い取ることはできない。
あなたは、(何であれ)自分が到達した気づきのみを持っていくことになる。それがあなたの真の富だ。

Osho: 『知恵の書』第21章

皆さんをウェルカムします。そしてシンクロニシティの中で一緒に瞑想することを楽しみにしています。

With love
Alvina

 

2022年8月27日(土)~28日(日)開催 
「気づき─エッセンス・オブ・メディテーション」より

私は、つい頑張ってしまいます。
『気づき』に関しても、気づこう気づこうとしてしまって、『気づいている』という状態とは違うなぁと感じておりました。
そんな時のこのコース、私にとってすごくグッドタイミングで、楽しみに致しておりました。
アルヴィナさんのガイドで『愛のある気づき』の中に入っていった時、とてもくつろいだ状態の中で、「この愛のある気づきは、一体どこからきているのだろう?」と、ふと思いました。その途端「あっ、私の中にある!」と、確かに感じました。そしたらドンドン私の中の愛のある気づきが広がっていって、いっぱいに満たされている感じがしてきました。
今まで何度も、アルヴィナさんやコマラさんが「全ては自分の中にある」とおっしゃって下さっていて、私も、そうなんだなぁとは思っておりましたが、どこか『愛のある気づき』みたいなものは、自分と切り離された神様みたいな存在からくるもののように感じておりました。
今回、はっきりと自分の中にある質として『愛のある気づき』を体験することが出来た事、とてもありがたい時間でした。
今後、どのように瞑想が深まっていくのか、楽しみになってきました。
今回も本当にありがとうございました。
(Mさま 50代 主婦)

受講の後、『愛のある気づき』のありがたさをヒシヒシと感じています。
瞑想イコール自分と繋がれるものと思っていましたが、そこに愛があるかないかでこんなに違うんだ!というのを、コースの中でも体験出来ましたし、その後の日常の中でも体験しています。
瞑想をすると、余計に自分や周りに厳しくなって、ジャッジしまくっている自分が居て苦しかったのですが、その謎が解けました。愛のないマインドからの気づきだったのですね。
コース中で確かに感じた、私の中の『愛のある気づき』からの瞑想にシフトしていくことを、日常の中で、これから少しずつ体験していきたいと思いました。
古い馴染みのやり方がついつい顔を出しますが、それすらも『愛のある気づき』は抱きしめてくれるという、アルヴィナさんのお言葉を胸に、楽しく過ごしていきます。
ありがとうございました*\(^o^)/*
(Mさま 50代 主婦)

 

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日 程 2023年1月22日(日)
時 間 午前8:30~11:00
※終了時間は多少前後する場合がありますが、ご了承くださいませ。
会 場 Zoom オンライン
参加費 12,000円(通訳、税込)      
※早割 9,800円 (1月17日(火)までにお申込み・お振込み完了の場合)
定 員 30名
講 師 アルヴィナ・ワンドレス
※どなたでもご参加いただけます。
※こちらはインターネットを使ったオンライン開催です。
※ご自身のお顔の公開をOFFにして、ご参加いただくことも
できます。
※瞑想が始まりますとお入りいただけなくなる場合が
ございます。なるべくお時間までにご参加ください。
※参加者は録画をご視聴いただけます。何度でも聞くことができます
(有効期限2023年2月21日まで)。
※当日参加できない方も、録画で参加することができます。
※1/20(金)17:00までにご入金ください。


日 程 2023年3月5日(日)
時 間 午前8:30~11:00
※終了時間は多少前後する場合がありますが、ご了承くださいませ。
会 場 Zoom オンライン
参加費 12,000円(通訳、税込)      
※早割 9,800円 (2月27日(月)までにお申込み・お振込み完了の場合)
定 員 30名
講 師 アルヴィナ・ワンドレス
※どなたでもご参加いただけます。
※こちらはインターネットを使ったオンライン開催です。
※ご自身のお顔の公開をOFFにして、ご参加いただくことも
できます。
※瞑想が始まりますとお入りいただけなくなる場合が
ございます。なるべくお時間までにご参加ください。
※参加者は録画をご視聴いただけます。何度でも聞くことができます
(有効期限2023年4月4日まで)。
※当日参加できない方も、録画で参加することができます。
※3/3(金)17:00までにご入金ください。

【講師】 アルヴィナ・ワンドレス(Alvina Wanderes)

ドイツ生まれ、セドナ在住。テュービンゲン大学で社会学の修士号を取得。幼い頃から人々が自分のユニークな本質を生きて、自分のすばらしい資質と強みを表現するのを手伝うために、人々とともに働くことに興味がありました。

1980年、アルヴィナはOshoと出会い、瞑想はまったく新しい次元を開き、それがきっかけとなって、内なるエネルギーの世界と、何が人生を満足させるのかということに興味を持つようになりました。

1994年、アルヴィナ、プラサード、リーラは米国アリゾナ州セドナに移住し、チャクラエネルギー・リーディングとバランシングのトレーニングを統合した、サトルボディヒーリング(SBH)のトレーニングを開発しました。

アルヴィナは、エッセンシャルライフ・コンサルティング(ELC)のトレーニングプログラムの共同開発者でもあり、プラサードとリーラとともに世界中の多くの人々に教え、世界中の多くの人たちがELCコンサルタントとして認定を受けています。

この30年間で、数万人の人々にセミナーやセッションを提供し、それぞれの人が自分のユニークな本質を発見し、それにつながるのを助けています。