マニーシャは死にゆく人のプロセスのサポートだけでなく、ほとんどのワークショップをファシリテートし、カウンセリングや瞑想に関する個人セッションも提供しています。また、このサイト上の記事やコンテンツの大部分を執筆しています。

マニーシャは、助産師と精神科の看護師のバックグラウンドを持ち、心理療法士、瞑想のファシリテーターでもあり、インドの神秘家Oshoの晩年の15年の間、彼のそばで過ごしました。

Oshoによって編集長に任命された彼女は、70年代半ばより彼の瞑想技法を試す「実験台」でもありました。

Oshoが毎日聴衆の前で行った講話の質問の朗読者として、世界的に有名な彼女は、Oshoみずから自分のワークの「歴史的文献」と述べた三部作
OSHO:The Buddha for the Future(OSHO:未来のための覚者);
OSHO:Twelve Days that Shook the World(OSHO:世界を揺るがした12日間); OSHO:One Man Against the Whole, Ugly Past of Humanity(OSHO:人類の醜い過去のすべてに逆らったある男)
の著者であり、自身のガイド瞑想CDも何枚か制作しています。

最近では、生と死のための瞑想的プロセス「OSHO Bardo」を共同制作しています。
1980年代ロンドンでアンナ・フロイトと出会い、彼女の最期の瞬間に居合わせたことが、マニーシャの大きな転機となりました。

瞑想は生きる上でのあらゆる側面に役立つという従来の関心に加え、その経験をつうじて、死にゆくプロセスにおいての潜在的可能性を見たのです。これが、彼女の情熱となりました。

マニーシャはワークショップだけではなく、死に直面するさまざまな人々に働きかけ、死へと移行するプロセス全体でスピリチュアルかつ心理的なサポートを提供しています。


クライアントに働きかけるマニーシャのビデオクリップ「死との対話」(6分)

彼女はOSHOサマサティのアプローチを、瞑想を通して、死に関する誤解や恐れを解消する方法ととらえています。

私たちは恐れることなく、より大きな気づきとともに人生の終わりに向き合うこともできるのです。自然な過程として、変容へのチャレンジと美しさと可能性を備えたものとして、そしてお祝いとして、死を体験することもできるのです。

彼女の情熱はそれにとどまりません。いのちあるもの、動物(とくに犬)や自然を深く愛しています。
マニーシャはロンドンを拠点に、世界中を旅しながら、瞑想に関するワークショップやイベントを開催しています。また個人セッションも提供しています。

参加者の感想

4月にBuckland-on-the-Moorで開催されたワークショップ「瞑想的な死のためのサポート」に参加することができ、感謝でいっぱいです。ただもう素晴らしかったです。

起こっていることの体験を、本当に深めてくれましたし、深く深くへとただ落ちていくという新しいやり方の味わいを受け取ることができました。

感謝を伝えるのがこんなに遅くなったのは、2、3日後に熱が出て、しばらくかなりつらかったからです。でも今はだいぶ良くなって、素晴らしい春の日差しのもとでただ座ることができるのが、本当にありがたく感じられます。かなり弱っている感じがあっても、ただ手放すことができるのです。まだ痛みや痛みへの恐怖でもがいていますが、それに対して使える道具をたくさん与えてくださったことに感謝しています。

あなたは素晴らしい仕事をしていますね、マニーシャ - ありがとう。
(Diana Brueton)
私は20年以上の経験を持つ緩和ケア医で、命に関わる病気を抱えた患者のケアをしています。とくに、死にゆく人へのホリスティックなケアに興味があります。こうした理由から、死に向き合う人とその家族や介護者にとって難問となりがちな、心理的かつスピリチュアルな課題、実存的な課題の助けとなる手段を探求し、模索してきました。

こうしたところから、私は最近(2010年5月16日)、マニーシャ・ジェームズがファシリテートする「死を迎えるための瞑想的アプローチ」というワークショップを開催しました。ワークショップは体験的なもので、そのために参加人数には限りがあり、カウンセラー、ソーシャルワーカー、学校教師、ヨガインストラクター、それと私の12人でした。

ワークショップには少しばかり講義の要素があり、おもな内容はディスカッションと瞑想でした。ディスカッションでは、死についての恐怖と、瞑想がその恐怖にどう対処しうるのかが焦点となりました。

瞑想のセッションは、マインドがなぜ「手放す」ことをむずかしいと感じるのかを理解する役に立ちました。これは、緩和ケアの状況でよく見られるように、恐怖でいっぱいな場合にはとくに当てはまることです。

こうした恐怖は、死を迎える際の平安を困難にするだけでなく、生きている間に人々が切に求める平安をも阻害します。最後の瞑想セッションでは、生から死への穏やかな移り変わりを探求しつつ、より深く死の体験のなかへと入っていきました。

ディスカッションや瞑想では、脅威を感じることなく、背中を押される感じがありました。これは長年のワークショップで得てきたマニーシャの感性や思いやりによるところが大きいです。

マニーシャには、一般および精神科の看護師、そして助産師のバックグラウンドがあり、最近2年間の心理療法の研究を終えました。

さらに、長年スピリチュアルなマスターの下で学んできています。過去20年以上の間、彼女は西洋の共同体で生活し、教鞭をとり、自分が得た知識と知恵を現代西洋社会に適合させています。

ワークに大きな意欲と情熱を持っているマニーシャ、私は心から彼女と彼女のワークを推薦したく思います。
(Michael Barbato、緩和ケア医、オーストラリア)
まず、あなたのワークショップ「死を迎えるための瞑想的アプローチ」に参加できたことは大きな恩恵だったと知っていただけたらと思います。

本当に、瞑想の道を歩み続けるためのインスピレーションをもらいました。私はいつでも、これが真実だと知りながらも、苦闘しつづけてきたのです。

自分の人生のあらゆる場面(おもに仕事以外)で瞑想を実践してきました。日曜日は献身的なハートのための日でした。瞑想こそが人生で直面するたくさんの問題の答えであり、我が家へと帰る道なのだとわかりました!

私は今、ときどき緩和ケアのボランティアをしています。「それはどんな感じでしたか? それはあなたには、どう感じられましたか?」という質問を続ける方法は役立ちました。

瞑想のプロセスは、普通の状況だけでなく、緩和ケアの状況でとてもとても役立つものだと実感しています。あなたの瞑想がとても役に立つとわかったので、[ガイド瞑想の] CDを2、3枚必ず手に入れようと思います。

マニーシャ、あなたの熱意を称賛します。概してオーストラリア人はヨーロッパや東洋の世界ほど、こうした事柄にはオープンではありませんが、あなたのワークショップは、あなたの豊かな知識にもっとも恩恵を受ける人々にきっと届く道を見出すことでしょう。
最後にもういちど、ありがとう。
平安とともに
(Zoe Krone)


[ワークショップ]をありがとう。同じ言葉を話す、似た魂とともにいるのは、とても素敵なことでした。私にとってのハイライトは、瞑想での手放しの体験と、死にゆく過程での手放しの体験が、同じものだとわかったことでした。

6年あまり瞑想してきましたが、死への完全な恐怖が、恐怖以外に恐れるものはないという理解へと移行しました。それは、けっして変わることのない私自身の永遠のプレゼンスを感じる経験からやってきたのです。

もし私たちが毎日、生きながら死ぬことを学ぶことができれば--それは、毎日瞑想の中で、身体と、それが果たしている役割と責任へと手放すということですが--私たちは毎日、自分の役割を十分に果たしながら、これほどのストレスや悲しみを背負うことなく、もっと生き生きと生きることができるのです。

ワークショップは、死にゆく人々を介護する人たちだけでなく、誰にとっても貴重なものだと思います。
ワークの成功をお祈りしています。
心をこめて
(Julie)